Nakadomari Music Lab.

ミュージシャンNakadomariの公式ウェブサイト

ザック・バラン第6回:この世の甘えん坊

昨日、精神科の定期的な通院だった。

心療内科や精神科と聞くと、何だか重苦しいイメージを持つ人もいるかもしれないが、ここ最近はハッキリ言って他の診療科と対して変わらないどころか、むしろ受診しやすい雰囲気が整っているように思える。

僕が通ってるところは外来だけで入院施設はなく、そういうところは比較的軽症…といったらほかの当事者の方に申し訳ないが、まあとりあえず通院はできるぐらいの症状の人が多い。

僕の病院は自宅から結構遠く、電車で1時間くらいかかるけど、医者との相性が重要な精神科では簡単に病院を変えることは難しい。

電車でも、乗り換えの駅でも、病院がある街でも、病院の中でも、いろんな人生が目に映る。

「精神疾患は甘えか」という議論、というか喧嘩みたいなもんが起こることがある。これは正解か否かの問題ではなく、その人の属する場所や世界が違えば当然見方も異なるということだと思う。

僕は身を持って統合失調感情障害というまあまあキツめの病気を経験しているから、とても「甘えだ」とは思えないし、そう言うこともできない。でも、たとえば僕がそこらへんの会社で働いてて、調子が悪くて休みをもらい、家で音楽を聴いていたらそれを甘えだと言われても仕方はないと思う。

見方の問題だ。

僕は会社勤めは人生の早い段階で諦め、フリーランスで生計を立てる道を選んだ。それでまあ、なんとかなっている。

自宅で仕事をしている僕からすると正直なところ、世の中の会社員は全員「社畜」に見える。

実際に会社勤めをしている人にはこう反論する人もいるだろう。「うちは残業もあまりなく、有給も取りやすくてホワイトだから社畜じゃない」と。

でも、僕からすると会社に勤めている時点で社畜。別に煽っているわけじゃなくて、そう見えるということ。

「精神疾患が甘え」もそれと似たようなこと。

今後日本の社会がどうなるかわからないが、会社に勤めていれば厚生年金がもらえる可能性も高いだろうし、保険やローンも入りやすい。僕にはそれがない。そういった福利厚生・制度に「甘える」ことはできない。

だけど、僕はしんどい日は納期が迫っていない限り仕事は全部置いて横になる。好きな音楽を聴いて心を静める。そうやって「甘えている」わけだ。

見方を変えれば、世の中みんな甘えん坊。

何にもすがってないつもりの人も、扉の奥では中毒者かもしれない。

何にも甘えていないつもりの人も、酒に酔って寂しさの暴走に身を任せることがあるかもしれない。

みんな甘えん坊だ。それでいい。

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。