Nakadomari Lab.

ミュージシャンNakadomariの公式ウェブサイト

ザック・バラン第13回:僕の国

僕は集団への帰属意識というものを持てない。それは僕の出自に由来していると思う。

台湾人の父と沖縄人の母の間に生まれた僕は、学校が終わると家ではなく父の一族が経営する会社に帰っていた。なぜなら、母もそこで働いていたからだ。

中学生の頃に父親と別居しても様々な事情から母はそこで働かなければいけなかったから、僕の帰る場所はやはり父親の親族の会社だった。といっても、別居以降は父親は会社に顔を出すことはなかったけど。

学校では当然、日本語が飛び交っているし、日本の文化がある。もうちょっと正確に言うなら、日本とはだいぶ違う沖縄の文化がある。

しかし、学校が終わって帰る場所では日本語はほとんど使われていない。僕は台湾語がほとんどわからないけど、わからないなりに何となく何を話しているかは把握できるものだ。帰る場所には台湾語、そして台湾の文化がある。

そんで、僕が喋れる外国語は英語。

心理学を研究している友人が言ってたんだけど、こういう出自や環境で育った人は実際に帰属意識を持ちづらいということを示唆する論文があるらしい。正確な情報は残念ながら忘れたけど、このかなりグローバルな生育環境が僕をどこにも「属」させなかったのは確実だと思う。

20歳で大阪に来た僕は、日本・沖縄・台湾、さすらうようにこれらの負の部分を見てきた。

沖縄は綺麗な海を浮かべる人が多いけど、住んでる人はとても大変。基地問題よりも経済の問題が深刻だ。気になる人は沖縄の最低賃金を調べてみるといい。大阪や東京で時給千円以上の仕事が800円前後になっていることも珍しくない。しかも求人の数が少ないし、産業も観光業ばかりだから、働くこと自体が大変だ。

台湾は最近、同性婚を強く推し進めているからなんだか開かれたイメージがあるだろう。しかし実際の台湾の人は「家族」というものへの執着がとてつもなく強い。それが嫌で台湾から他の国に行く人だっているくらい。

そして台湾は実家暮らしの人が少なくないことを考えると、同性婚が実現しても台湾のゲイの人が家族にカミングアウトできないままでいるなんて状況は大きく変わらない気がする。台湾の「家族」は助けてくれることも多いけど、縛ることも多い。

ほんでもって、大阪に来た僕はいよいよ日本的なものに多く触れることになるわけだけど、「日本」は本当に画一、均質を望む社会だと思い知った。

いま、日本はグローバルという土壌で語る必要がある。「なんでもかんでも海外と比べてはいけない」という意見もごもっともだが、もはやそういう段階ではないのだ。

日本企業や学校、地方自治体の多くが「インクルーシブ(包括的)」や「ダイバーシティ(多様性)」を掲げるようになった。要はハンディキャップやセクシャリティによる差別をなくそうという動きだ。しかし、これらを掲げる場で本当にあらゆる人が過ごしやすい環境があるかと言われると、答えはNoだと思う。

最近の大学には精神疾患を持つ学生をサポートする部署が設けられている。統合失調感情障害を持つ僕も大阪大学にいる時そこにかなり頼ったけど、本質的な問題はほとんど何も解決しなかった。

「LGBT」や「障がい者」という言葉を見ると、「またなんかうるさく主張している」というのが日本の世論じゃないだろうか。

でも、「うるさい」と思っている人が働いている会社が「インクルーシブ・ダイバーシティ」を掲げているかもしれない。住んでいる自治体が多様性の実現を目指しているかもしれない。どんなに「うるさい」と感じていても、日本に住み、日本で働くことはその「うるささ」に同意していることと同じとも言える。

それでもうるさいものはうるさいと感じるだろう。そこに日本のひずみが見えるわけだ。

日本は黙殺の国だ。話し合うこともなく、わけのわからない人々とは「住み分ける」ことを本当は望んでいる。僕はそれも文化の一つだと思う。良し悪しはない。だからこそグローバルという日本とは真逆の土壌に無理やり出ていってしまったから、いろんなところでカオスな事態が起こっているのだろう。

僕は何だか、日本も沖縄も台湾も行ったり住んだりしたことがありながら、ずっと遠目で見ている。

これが「帰属意識がない」という感覚なのだと思う。ぜんぶ他人事というか、もちろん今は日本に住んでいるから関係はあるんだけど、俯瞰という言葉よりもずっと遠くから見ている気分。

漂うように生きてきたこの人生だけが、僕の国なのかもしれない。


コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。