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ザック・バラン第1回:砕けた

世界のあらゆることについて、正直にかつ何の遠慮もなく書く場所をこのブログに組み込んだ。それがこのカテゴリー「ザック・バラン」。

もうそりゃ、汚い言葉も皮肉もなんのその。飛び交え飛び交え見事な筆致。

でも僕は真面目だ。まあまあ狂人レベルで真面目。だからぶっ飛んだことも考えて書く。ちゃんと文章の体は為して書く。それはぶっ飛んでないと言うかどうかはご自由に。

さて、「当たって砕けろ」という言葉がある。僕は実際に見事に砕けてバラバラ状態だが、それらの破片を細い糸でつなぎとめて生きている。そんな人生。

人間、何回でも砕け散れるものらしい。もしそうじゃないなら、僕は人間じゃないわけだけど。

最初に砕け散ったのは幼少期。父親の存在は僕にとってまさに当たって砕けろなものだった。

父親は酒癖が異常に悪く、飲むと別人になる。普段は恐ろしいくらい人々に信頼されているのに、酒を飲んだら本当にスイッチのONとOFFの違い。

何歳のころだろう。僕の母はクリスチャンで、ある時通ってた教会の牧師が逝去したので、その追悼式に母は出かけた。

父はその夜も仕事が終わって飲んだくれていた。阿呆のように酒を飲む人間は、必ず人を傷つける。

父は僕に「おまえのお母さんはどこに行った。知ってるだろ」と脅すように僕に言った。僕は怖くて泣いていた。何度も脅してくる父親に、土下座して「ごめんなさい」と何度も謝った。

父親は「泣かなくていいんだよ」と優しい言葉をかけながら、僕に電話帳を投げつけた。「教会の電話番号探して掛けろ」と言った。僕は必至で番号を探し、涙をこらえ、母につないでもらうように教会の人に伝えた。

そのあとのことを、僕は全く思い出せない。

ただ、あの父親の脅迫と優しさが入り乱れた表情と声が僕の心を砕いたこと。それだけをしっかり覚えている。

残念ながら、砕けた心はつないでも完全には戻らない。だから、僕は父親に似た人間が大嫌いだ。

でも、自分の中にも父親の遺伝子が流れていると考えると、時々怖くなる。そしてまた僕は砕け散る。

つなぎとめれば、生きられるけどね。

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