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散文:陽射しを知ること

朝日を知らない人は多い。

ひとは太陽の光で生きている。怪しい話じゃなくて、事実として。

朝日を知らない人は、陽射しなどいらないと突き放す。

でも、電気やプラスチックを作る石油や石炭は、太陽光の恩恵を受けた生物たちが気の遠くなるほどの時間をかけてその形になったものだ。ひとが普段食べている動植物も、陽射しを受けて育っている。

朝日を知ると、生きている実感を得られる。
陽射しを知ると、生きている感覚がわかる。

知ることと見ることはいつも一緒じゃあない。
一度見たことを何度も心で反芻して、知ることもできる。

朝日を知らない人は、みんな悲しそうな顔をしている。苦しそうな顔をしている。

陽射しを知らない人は、どこか物足りなさを埋めようと必死になっている。足りることを覚えず、遠い未来に理想を託している。

昨日の朝日と明日の朝日は、今日の陽射しを支えている。

明日を失えば、昨日までのことが無くなるわけじゃない。

昨日を失えば、明日からすべてが新しくなるわけじゃない。

今日は何があろうとひとを昨日と明日の間に置く。

今日の陽射しはどうだろう。今日の朝日はどうだろう。

陽射しを知らない人は、みんな寂しい形をしている。


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