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散文:嗚咽の韻

2019年2月3日は、母方の祖母の四十九日だった。

一応、母も祖母もクリスチャンだけど、沖縄の文化も混ざっているから、今日は母は料理を作って祖母の美しい写真の前にお供えしていた。

僕は相変わらず、持病でちょっと調子が悪い。今日は雨が降っている。雨の日は大体、調子が悪い。

母は祖母を一人で看取った。僕は祖母が昏睡状態になった連絡を受けて、すぐ駆けつけることもできた。大阪から沖縄だけど、十分時間はあった。

僕は相変わらず、持病でだいぶ調子が悪かった。その日は晴れていた。晴れの日は大体、悲しい知らせが多い。

昨夜、母は悪夢を見たらしい。内容は話さなかったけど、眠れなかったらしい。今日、母は祖母を看取った時のことを語っていた。

僕はなんだか、自分が無力な気がして、祖母の写真に手を合わせて雨の中を駆けて帰った。

この前、『産道』というアルバムを完成させた。母のために作ったつもりだったけど、最後に収録している「DTMの朝に」にあるように、僕が気づいたのは「救えない心がある」ことだった。アルバムのテーマは一気に「無力」になった気がする。

今日、帰ってきて横になって、涙が止まらなくなった。

僕はどこに行っても変人扱いされ、話をちゃんと聞いてくれる人は少ないことを知っているから、基本的に自分の本心を面と向かって語ることはない。

でも、母は例外だ。その母が一番つらかった時に、僕は何もできなかった。そして今も、弱気になっている母の近くで、僕は無力さをさらけ出しているだけだ。

いろんな人がいろんなことを言う。

この文章を書きながらも、僕は号泣して、タイピングを止めながらなんとか書いている。

いろんな人がいろんなことを言う。

この涙は、流さないといけない。思いっきり流さないといけない涙だと思う。

だから、いろんな人が言うことに僕はいま、耳を塞ごうと思う。

しばらくの間、聞いているふりをしながら。

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