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音楽讃美第8回:中島みゆき『夜会VOL.14 24時着 00時発』

※このカテゴリー「音楽讃美」は、世間でいうところの音楽レビューになるのでしょうが、僕としては自分が聴く音楽は全部最高に自分が好きなものばかりなので、星がいくつなどという「評価」はしません。とにかく自分が触れている音楽作品を讃美しようというカテゴリーです。基本的にネタバレを含むので、ご注意ください。それでは、どうぞお付き合いください。


中島みゆきの『夜会』シリーズの中でもトップレベルで難解な作品にも関わらず、傑作との評価も多い『24時着00時発』は初めて大阪で開かれた回でもあります。

『銀河鉄道の夜』をモチーフに輪廻転生など様々な要素が盛りだくさんなのは近年の『夜会』においても顕著ですが、『24時着00時発』が高い評価を誇っている理由は楽曲とストーリー、セリフの絶妙なバランスにあるかもしれません。

基本的に主人公はアカリなんですが、初っ端から出てくるのは男性の恰好をし、低い声で語りかける中島みゆきの扮する人物です。この人物は最後の「命のリレー」歌唱前にも登場し、服装や男性のイメージから宮沢賢治の役かもしれません。中島みゆきは文学に精通していますから、この冒頭と最後の場面に宮沢賢治への深い理解と敬意が込められている印象を受けます。

『24時着00時発』を難解にしているのは、乗っていた鉄道が別世界に行ったり、そこでわけのわからないホテルが出てきたかと思えば、施工が放棄された建築現場に場面が切り替わり、さらには鮭まで出てくるという目まぐるしい場面展開でしょう。

また、台詞や楽曲の並びもあまり考えずに見ると気になりませんが、ちょっと考えだすとどこまでも考えらえるという意味で、非常に奥深い難解さがあると思います。

ここでは、その難解さの一部を紐解いてみます。それはアカリと鉄道の関係性です。

アカリは諸事情で海外旅行中、まさかの国外追放になり、乗った鉄道がそのまま異世界へと繋がっていました。途中で止まってしまった鉄道の駅には、廃線を伝える文書が掲示されていました。

この場面で文書に書かれている内容をアカリが歌にして読み上げるのですが、僕はそのエフェクトに注目しました。ボーカルにディレイ(語弊はありますが、いわゆるエコーみたいな感じ)がかかって、まるで駅員が実際に放送しているかのような歌唱になっているんです。

その後、帰れない者たちの悲劇を歌う場面ではアカリが「田舎を嫌って去ったもの」であることが明かされます。さらに、アカリの父が「田舎者の鉄道員」だったことも判明します。

また、捨てられた建築物は鮭の遡上を妨げる関になってしまっています。鮭が見られるほどの川が都心部にあることは考えづらいですし、そうなると後半で鮭(魂)がさまよっている場所は田舎にあるということでしょう。

これで複雑だった一連の場面が一気に繋がります。アカリは廃線のお知らせを読み上げたり、車掌の恰好をすることで、恐らくいまは亡き鉄道員の父の意志を受け継いでいるわけです。田舎を去って「帰れない者」になったアカリですが、車掌姿で階段で歌う「命のリレー」は明らかに父を思っています。

もしかすると、父親が働いていた駅こそ鮭の遡上を妨げる「でたらめな階段」と関連していた場所なのかもしれません。そうなると、アカリが鮭たちを救わないといけない「因縁」が見えてきます。

しかし、『24時着00時発』は悲観的な意味合いの輪廻転生とは違うスタンスを取っています。それは「サーモン・ダンス」や「命のリレー」の「生まれ変わっても直向きに生きろ」というメッセージからわかるでしょう。

また、「命のリレー」の大きなポイントは、「自分自身の転生」ではなく「他者の転生」に重点を置いていることです。歌詞の一部を引用します。

「この一生だけでは辿り着けないとしても
命のバトン摑んで 願いを引き継いでゆけ」

一行目だけに注目すると、主体が誰かは分かりません。辿り着けないのは自分かもしれないし、他の人かもしれない。でも、2行目を見てみると、バトンをつかみ、願いを引き継ぐのは「自分」であることがわかります。

そう考えると、この歌の本質は「あなたの周りに散らばっている叶わずに終わった様々な思い、意志、願いに気づき、それを担って引き継いで」ということではないでしょうか。

正直、どちらかというとバッドエンドとも言える終わり方をする『24時着00時発』ですが、各所に込められた中島みゆきの優しい思いがこの作品をうまくまとめあげ、傑作にしている、そう思えます。


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