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音楽讃美第5回:中島みゆき「阿檀の木の下で」from『一会』

※このカテゴリー「音楽讃美」は、世間でいうところの音楽レビューになるのでしょうが、僕としては自分が聴く音楽は全部最高に自分が好きなものばかりなので、星がいくつなどという「評価」はしません。とにかく自分が触れている音楽作品を讃美しようというカテゴリーです。基本的にネタバレを含むので、ご注意ください。それでは、どうぞお付き合いください。


中島みゆきの夜会を除く直近のコンサート映像を収録した『一会』ですが、今回はその中から「阿檀の木の下で」という一曲についてです。


元々この楽曲はアルバム『パラダイス・カフェ』の終盤に収録されていた楽曲で、僕は基本的にインタビューなどは見ないので確実とは言えませんが、「アダンの木」から、恐らく沖縄についての歌でしょう。


コンサート『一会』ではより歌唱が沖縄らしくなっています。そして何より、『一会』ではこの一曲の多くのポイントに米軍ヘリの轟音が挿入されている点に、沖縄で生まれ育った僕は心を打たれました。


中島みゆきは歌詞において描写を得意としており、僕は「阿檀の木の下で」もその描写の一曲だと考えています。


「波のかなたから流れてくるのは
私の知らない決めごとばかり」


「阿檀の木の下で」の一節ですが、確かにこの表現から「内地(本土)に翻弄される沖縄の怒り」を連想するのは簡単です。しかし、この曲は、少なくともコンサート『一会』では、そのような政治的主張をしているわけではないでしょう。それは『一会』の最後の曲が「ジョークにしないか」で終わっていることからも分かります。


では、『一会』での「阿檀の木の下で」は何なのかというと、「完全な描写」とまとめることができます。


沖縄はリゾート地として人気ですが、沖縄観光に行った多くの人が基地について話すことはほとんどありません。しかし、『一会』の中で歌唱を一瞬遮るほど鳴り響く米軍ヘリの轟音は、まさしく沖縄の日常風景なんです。その良し悪しは置いといて、それが「沖縄」という島の風景であり、島の音なんです。


中島みゆきは『一会』でこの歌を披露する時、白装束に身を包み、赤い布を持っています。まるで日の丸を連想させます。


そして最後には、赤い布を両手で伸ばし、両手で交互にそれを落とす表現をします。まるで「右」と「左」に翻弄される沖縄という島そのもののようです。でも、中島みゆきは「どちらが正しい」なんてことは一切言っていません。ただただ、揺れる島の表現をしているわけです。


僕がこのライブの「阿檀の木の下で」を聴いた時、思い浮かんだのは基地でもなく、反対運動を繰り広げる活動家でもなく、保守的な政治家や内地の人々でもなく、沖縄という島で生活に必死になっている昔の自分や家族の姿、周りの人々の日常でした。


それぐらい、『一会』の「阿檀の木の下で」には沖縄の景色が凝縮されています。それを肯定するわけでも否定するわけでもない、ただただ、そしてとても丁寧に「沖縄という島」を描写している素晴らしい一曲です。


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