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音楽研究第1回:「作曲家」という存在

第1回では、「作曲家」について取り上げます。西洋世界での話が中心になりますが、それは現代日本(というか世界の多く)の音楽のルーツが西洋にあるからです。

隠れた作曲家

皆さんの中にはTwitterなどの自己紹介に「コンポーザー」、「作曲家」と書いたり、「作曲やってます」、「趣味:作曲」なんて書いたりしてる方も多いでしょう。そして、当然ながら皆さんには「名前」があります。それは実名かもしれないし、芸名またはアカウント名かもしれませんが、とにかく名前がついています。

しかし、作品を提示して「私はこの楽曲の作曲家です」と名乗るのは、実は歴史で見ればそんなに大昔からのことではないんです

「ルネサンス」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。難しい説明は置いといて、ここでは「キリスト教と『人間』の関わりが変わり、芸術にも大きな変化が現れた西洋の時代区分のひとつ」と捉えておいてください。

ルネサンスは学者や著書によって時期が異なりますし、美術や音楽、科学のどの点に着目するかでも区分の仕方が異なりますが、ここでは15世紀あたりから始まるものとします。

西洋における「中世」は、ルネサンスよりちょっと前の時代のことを指しますが、中世では楽曲を作ったとしてもコンポーザーの名前が出ることは非常に稀でした

なぜかというと、中世の西洋での曲作りはもっぱら「教会のため」、「神のため」であったからです。音楽だけではなく、教会の建築者や壁画を書いた人も誰だかわからないなんてことは中世の西洋にはかなり多いです。

作曲家の登場

15世紀ごろから始まる(とされる)ルネサンス期に入ると、「曲を作る」という行為が「表現」に変わります。つまり、コンポーザーが「芸術家」というくくりに入るようになってきたわけです。

ルネサンスでは「人間」や「感情」というものが見直され、それらが高く評価されるようになりました。それに伴って、自己表現の手段としての曲作りという意識が生まれてきたわけです。

といっても、ルネサンスになったからといって西洋での曲作りが「神のため」でなくなったかというと、そういうわけでもなく、この時期もキリスト教は依然として西洋の人々の根底に横たわっていました。

それまでもっぱら宗教的な動機が優先されていた曲作りという行為が、「キリスト教・教会・神」をテーマにしながら「いかに自分の個性を表現できるか」という形に変わっていったのがちょうどルネサンス期のことです。

あくまでもイメージですが、「テーマ:キリスト教、使用条件:制作者クレジット付き」という作曲コンペに音楽家たちが積極的に応募し出したのがルネサンスという時代です。

(ちなみに、日本では古代から中世にかけての音楽は主に朝廷のためにありましたが、日本の音楽史は実はかなり複雑なので、ここでは深く触れないことにします。)

まとめと問題提起

現代では音楽を作ることが「芸術」であり、「作者」の存在も当たり前に知られますが、実はそれはかつて当然のことではありませんでした。それは主に中世までの西洋ではコンポーザーが「教会のための職人」であったためです。皆さんが音楽を作る時、それは何のためでしょうか。そして多くの作品が溢れる中、制作者の名前を出すことには現代ではどんな意義があるでしょうか。ぜひ考えてみてくださいね。

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